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こちらのコラムは1995年より『ばんぶう』(日本医療企画)に掲載されたものです。

三方一両損 2002

4月に引き続き医療費の改正が行われた。1割2割の減収は当たり前、冗談抜きで周囲ではいつ病院をたたむかという話が蔓延している。

小泉首相はこれらの改正を「三方一両損」と称した。有名な大岡裁きの一節である。

大工の落とした三両を左官が拾った。落とした大工は「金はあんたのものだ」と言い、拾った左官は「金は受け取れねえ」と言う。困った挙句の大岡裁き。奉行も一両を出して、悪意に走ればそっくり三両手にできたのに、それぞれが一両ずつ損をしたという話である。

今回の改正で、いったい誰が一両損なのか。税金、保険を払っている国民は増大する保険費を払うことで損をしている。医療を受ける患者さんも負担が増えて損をする。そして医療機関も保険収入の減少で損をする。これが、彼の論法である。

ところがよく考えると、保険機構を支えている国民と患者さんは同一人物である。これでは二方一両損ということになってしまう。

政府は一向に損をしていない。実はこの話、三両を拾った話ではない。ちょろまかした三両を、犯人が詭弁を弄して誤魔化そうとしているだけの話だ。いわば二方三両損で三両はいつまでたっても誰かの懐に入って戻ってこない。

その証拠に政治家の数も役人の数も変わっていない。犯人は明らかだ。

そもそも、国家とは、国民の生命と財産の安全を図ることで成立する。マスコミでは連日、拉致被害者の話題で持ちきりである。自国民の安全を何十年もほったらかしにした国家など国家ではない。

頼りのマスコミすら工作船を不審船と言い張る詭弁を弄し続ける。悲しいかな。

わが国は国家としては形を成していなかったようだ。よくもまあ、そんな国家に保険料だの税金だの払っているものだ。お人よしにもほどがある。

小泉改革を歴史に照らしあえば、おそらく多くの人々は明治維新を思い浮かべるであろう。グローバル化という名の欧米諸国の開国、植民地政策と幕府とのせめぎあい。多分、当のご本人も、かつての母校の福沢翁にご自身を置き換えて、感慨にふけっているかもしれない。

然るに、一外野から眺めれば、決して小泉首相は福沢翁ではなく、勝海舟でしかないと映る。すなわち、幕府の体制のままに改革を行おうとして頓挫した勝海舟その人である。

小泉体制の弱さはあくまでも既存の制度(自民党)のままに改革を行っていることにある。これではどうしても矛盾が生じてうまく行かない。

先日発表された竹中氏のデフレ対策は、最悪のシナリオとなって銀行、企業に降りかかることになるであろう。貸し渋りと貸しはがしの嵐がせまっている。国民の財産と生命の安全を図ることのできない国家は国家ではない。

勝海舟に対する坂本竜馬は拉致被害者という形で我々の前に姿を現した。尊い犠牲者が出現したのだ。このことは、決して北朝鮮がどうこうという問題ではなく、実は、我々の国家観を揺らがす一大事なのである。

「泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)、たった四杯で夜も眠れず」

今年のお歳暮はお茶にでもしようか。ところで、上喜撰てまだあるのかしら。


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