肩こり
欧米には肩こりがない?
日本人の大人の3人に2人は、肩こりに悩まされているといいます。
ところが不思議なことに、欧米には「肩こり」に相当する言葉がないのです。「肩こり」という言葉がない以上、彼らは肩こりには悩まされていないことになります(理由は、欧米人のほうが日本人よりも筋肉が発達していること、また、日本人には肩こりになりやすい猫背が多いことなどによるといわれています)。
何ともうらやましい限りですが、「肩こり」に似た症状は、やはりあるようです。
彼らは「肩の筋肉が硬直する」というような表現を使います。
いずれにしても、日本人のように多くの人が肩こりで苦しんではいないようです。
その意味では、肩こりは、日本独自の風土病ということもできそうです。
「肩こり」とは何か。
それは、簡単にいうと「肩の筋肉が緊張するためにおこるうっ血」です。
つまり、肩こりの多くは、肩の筋肉の血のめぐりが悪くなるために起こるのです。
肩こりから逃れるためには
構造上、首や肩に相当の負担がかかっている
人類が二本の足を使って直立して歩行するようになったのは、いまからおよそ400万年前。これ以後、人類は、ほかの動物をはるかにしのぐ進化をとげてきました。
しかし、同時に直立歩行は、筋肉や骨に不自然な負担を強いてきたのです。
つまり、肩こりは人間が直立歩行を始めたときから、宿命的に課せられたものということができます。
私たちの頭の重さは約5kg、いうなればボーリングのボールと同じです。これを毎日、首の上にのせて活動しています。
考えただけでも、大変な重労働です。この頭を首の骨と筋肉が支えています。
頭を屋根とすると、柱と壁にあたるのが、首の骨と筋肉ということができます。
ところで、ただ乗っかっているだけならまだしも、私たちの頭には、目、鼻、口、耳などとても大切な感覚器官があり、たえず頭は動いています。
首にかかる負担は相当なものです。
さらに、肩の両側からは2本の腕がぶら下がっています。この両方の腕は、体重の約8分の1の重さがあります。この腕も、静かにしているわけではありません。前後左右に動かしたり、重い荷物を持ちあげたり、さらに、重いものを持ちながら歩いたりします。
この頭と腕を、首と肩が支えているのです。
首や肩にかかる負担は計り知れないものがあるといっていいでしょう。
運動不足は肩こりの最大の敵
かつて、肩こりといえば中年以降の人の専売特許でした。
それがいまでは子供や若者までもが肩こりに悩まされています。
肩こりの三大原因といわれているのが、悪い姿勢、ストレス、運動不足です。
人間の体を横から見ると、ゆるやかなS字のカーブを描いています。
これは、人類が直立歩行するときから進化させた、上半身を合理的に、疲れさせずに支えるための自然の形ということができます。
悪い姿勢をとると首や肩、背中や腰などの筋肉や骨などのバランスを崩してしまいます。肩こりは肩と首の筋肉、骨のアンバランスによって起こります。
また、悪い姿勢は内臓を圧迫するために、いろいろな疾患を生むことにもなります。
ストレスもあなどれません。いわゆる「肩の力が入っている」緊張状態が続くと、筋肉や血管の収縮を呼ぶことになります。
肩の筋肉の緊張が続くと、うっ血が起こります。一種の肩の血行障害です。
これが痛みを伴う、肩こりの大きな原因となるのです。
肩こりは老化現象の一つとしてもあらわれてきます。運動不足は体の老化を促し、ひいては、頭や腕を支えるための筋肉や骨を弱め、血行障害を生むことになります。
情報手段、交通手段の発達で、私たちは体を動かす機会がめっきり減ってしまいました。そのぶん、机に座っていることが多くなった現代。
運動不足は肩こりの最大の敵なのです。
肥満・やせすぎも肩こりに影響します。
肥満は、頭や両腕の重さを増し、筋肉の負担が増加し、過度の緊張を引き起こします。
やせすぎは、筋肉そのものの働きを低下させ、相対的に筋肉の負担は増加します。
いずれにせよ首や肩には大きな負担が強いられます。
肩こりのメカニズムを解明する
重量の重い頭や両腕を支えるのが、首や肩の筋肉です。
この筋肉は、一本の太い塊ではなく、非常に細い筋肉の繊維状のものが数百から数千という単位で束になって集まったものです。
もちろん、この中に血管と神経も通っています。
筋肉は運動するときに緊張したり休んだり(力を抜いたり)します。
緊張するときは収縮。このとき、筋肉はエネルギーを消費し、その結果できたエネルギーの燃えかす(=老廃物)が外に運び去られます。
つまり、血管の中に老廃物が入ってくるのです。
次に筋肉は弛緩します。このとき、新しい血液(エネルギー)が筋肉に送られます。
もともと筋肉は、この緊張と弛緩をリズミカルに交互に繰り返しているのです。
ところが、同じ姿勢を長時間続けたり、疲労したりすると、筋肉がちぢこまった状態、つまり緊張状態が持続します。
そうすると、血管も圧迫され、新しい血液(エネルギー)を筋肉にうまく届けられなくなるのです。
そればかりではありません。筋肉に老廃物がたまっても、それを外に運び出すことができなくなってしまうのです。
老廃物は筋肉が収縮しつづける限りつくられるので、どんどんたまっていく一方です。
しかもこの老廃物こそが発痛物質(痛みを感じさせる物質)ですので、痛みが発生することになります。
さらにこの発痛物質が、筋肉の収縮をうながすという、悪循環を繰り返すのです。
つまり、筋肉の収縮 → 血液のうっ血 → さらに筋肉の収縮、という悪循環が起こるわけです。
夕方から朝の痛みは変形性頸椎症を疑う
首や腕を支えているのは筋肉と骨ですが、骨そのものに異常が出て、つまり、家の柱そのもの異常によって、痛みが起こる場合もあります。
その代表的なものが、変形性頸椎症と頸椎椎間板ヘルニアです。
頸の骨や背骨を構成する骨とそれを繋ぐ椎間板は、20歳をすぎたあたりから老化が始まるといわれています。
この老化はだれにでも起こるものなのですが、程度が激しくなると、痛みやしびれを伴って発症します。
とくに椎間板は、年齢を重ねることによって弾力性が失われ、支える重みですりつぶされたり、軟骨状のものが外に飛び出したりします。
すりつぶされた椎間板が椎骨の間からはみ出すと、これをかばうように椎骨の端からトゲ状の骨が成長します。
これが、変形性頸椎症です。
変形性頸椎症は、首から肩にかけて痛みがあり、首を曲げたり倒したりするときに痛みが強くなります。
また、夕方から明け方にかけて痛みが激しくなるのも特徴です。
朝起きたときと、一日の疲れが出る夕方に、肩がパンパンにこったり張ったり、痛みがあったり、また手のしびれ、腕の痛みがある場合、とくに両側にこのような症状が出る場合は、要注意。
症状がさらに進むと、肩から腕、指先にかけての痛みやしびれ、手や指のはれ、痛み、発汗異常、頭痛、目まい、耳鳴りといった症状を伴うことがあります。
とくに頭を真上から押して、手のしびれがひどくなるようなら変形性頸椎症とみてまず問題ありません。
激しい痛みを伴う頸椎椎間板ヘルニア
頸椎椎間板ヘルニアは、椎間板の中身が外に飛び出し、神経を圧迫するものです。
症状としては、一定の位置から首を動かそうとすると、しびれや激しい痛みが走ります(主として手に)。
そのため首が自由に動かせなくなるのです。また、後頭部、肩から腕、手にかけて、そのつど分散して、昨日はあの場所、今日はこの場所というように、痛みが走るようなケースもあらわれます。
脳から伸びた太い脊髄は、脊椎という骨によって前後左右を囲まれたトンネルの中を通っています。
脊髄は脳からの命令を伝える太いケーブルのようなもの。
「変形性頸椎症」「頸椎椎間板ヘルニア」いずれの場合も、このトンネルが狭くなり、ケーブル(神経)を圧迫することによって、激しい痛みが起こったり、しびれが出たりします。
また、肩の関節にある周囲の組織が老化により損傷を受け炎症を起こす場合は、俗に「四十肩」「五十肩」と呼ばれます(一般的には「五十肩」)。
どの程度の肩こりなら病院へ行くか
肩がこって辛いけれど、病院の何科を訪ねたらいいか、わからない。
また、どの程度の肩こりだと病院で見てくれるのか不安、という方がいらっしゃいます。
まず、それにお答えしておきましょう。
肩がこって辛いという場合は、脳神経外科か整形外科、場合によってはペインクリニックで簡単に診てもらうことができます。
肩こりで病院を訪ねる際の基準ですが、これはとくにありません。あくまで、ご本人が「辛くてたまらない」と感じるのなら、迷わず医師に相談するほうがよいでしょう。
一応の目安として、次のような場合は医師の診断をあおぐようにしてください。
・夜も眠られないほどの痛みが続いたり、日がたつにつれて痛みが増す。
・腕が上がらなかったり、首が回らなかったりして、日常生活に支障がある。
・いろいろ試してみたが、いっこうに痛みがおさまらない。
・昨日は首と肩、今日は背中と腕など、痛む箇所が定まらず、毎日変わる。
・目まい、耳鳴り、しびれなどを伴う。
・肩こりによって、憂鬱になり、生活する意欲がなくなる。
「痛み」と「辛さ」をキーワードにする方法も有効です。ランク別にしてみましょう。
(1)「痛みがない」
(2)「痛みはあるが、ほとんど気にならない」
(3)「辛い痛みではないが、気になる」
(4)「とても辛いけれどがまんできる」
(5)「はっきりいって辛い」
(6)「とても辛くてがまんできない」
(4)以上に感じたら、医師に相談したほうがよさそうです。
しかし、これにはあくまで個人差があります。 ご自身で「肩がこって辛い」と感じたときが、病院に行くとき、と考えたほうがよいでしょう。
また、脳神経外科や整形外科で診察を受けた結果、とくに骨や筋肉に異常がなく、心理的な原因が考えられる場合は、心療内科を訪ねてみるのもよいでしょう。
往診実例 【頑固な肩こりが解消】
さまざまな方法を試しても治らない頑固な肩こり
内藤佳子さん(仮名、22歳・OL)は、高校時代からひどい肩こりに悩まされていたといいます。高校1年生のときにバトミントン部に入り、一年後に止めた高校2年のときからさらに激しくなったようです。
社会人になってからは、いよいよ辛くなり、カイロプラクティックに通ったり、指圧をしてもらったり。それでも効果はなかったようです。
指圧に通ったときは、そのときは気持ちがいいようでしたが、帰り道にはすでに肩がこってくるという状態だったそうです。
最近は、肩こり解消グッズにも助けを求め、「電子ふとん」というもの買い求めたそうですが、これも全然効果なし。
彼女のお母さんが、肩がラクになるといって、代わりに使っているありさまです。
どうやら、かなり頑固な肩こりのようですが、さっそく往診に伺うことにしました。
原因不明の肩こりの原因を探る
まず問診からです。内藤さんの肩こりは、普段は首筋から肩甲骨にかけて張るように痛むのだそうです。
腰の痛みの自覚もあります。痛さは、首、こめかみ、頭と進展していって、そして目の疲れが出るといいます。
触診に移ることにしました。肩の周囲の骨、筋肉の状態を診ましたが、別に大きな異常は感じられません。
そこで、サーモグラフィー(体の表面温度を診る機械)を使うことにしました。
これは、体の表面温度が高いとこらが赤色、低いところが青色に色分けされて画面上にあらわれるものです。
内藤さんの場合は、青色(表面温度が低い)の割合がやや多い程度。
こういった筋肉の状態では、肩こりを感じない人のほうがむしろ多いくらいです。
つまり、肩こりになる決定的な原因が、これではわからないのです。
そこで、彼女の性格判断を心理テストの一つであるエゴグラムによってみてみることにしました。
しかし、ここでも、あえて肩こりに悩まされるような原因は、見つかりません。
ただ、少々、気になるところがないわけではありません。
おそらく、彼女の肩こりは、いくらマッサージしても、指圧をしても治らない種類のものなのです。
といっても、治療不可能な重大な病気という意味ではありません。
彼女の肩こりの原因は、身体的なものではなく、もっと深い心の問題である、と考えられるのです。そこで、誘導イメージ療法を試みることにしました。
『誘導イメージ療法』で心のコンピュータをOFFにする
「誘導イメージ療法」とは、目を閉じてリラックスした状態で、治療者の言葉どおりのイメージを描く治療法です。
現代人は理性が常に働いているために、まず、心のコンピュータのスイッチをOFFにする必要があります。
「イメージを描く=想像する」ということは、脳の中でも感情の部分が大いに刺激される作業です。
そのため、イメージを描く=想像することによって、心のコンピュータをOFFにすることができるのです(国谷誠朗先生の指導による)。
さて、実際にやってみることにしましょう。
まず、呼吸を落ち着かせ、リラックスし、軽く目を閉じてもらいました。私がいうイメージを彼女の頭の中で再現してもらい、彼女がそこでどんな行動をとり、そのとき、どのように感じたのかを、あとでお話してもらうのです。
内藤さんには、月のきれいな夜に、ある田舎の静かで清々しい空気に満ちた、小さな山に登ってもらいました。
以後、私が語りかけたイメージを簡単にまとめてみますので、この本を読まれている方も、試してみてください。また、どなたかに読んでもらってもいいでしょう。
イメージのなかでもらったおみやげは?
目を閉じてリラックスしてください。ゆっくりと呼吸してください。
自分の呼吸に注意してください。月の光がとてもきれいに降り注いでいます。
あなたは、田舎の山のふもとにいます。どこかなつかしい感じがする山のふもとです。
空気はとても爽やか。
やわらかく吹く風は、たいへん心地よく、あなたの体を包んでいます。
目の前に山へと続く道があります。小道の右側には小川が流れています。
月の光が水面に反射してキラキラと光っています。小道を登っていきます。
ゆっくりと登ります(自分の呼吸に注意してください)。
しばらく進むと、道が二つに分かれています。右の道はふもとの村へ続いています。
あなたは左の道を選びます。道は森の中へと続いています。
小道をどんどん登ります。途中に小さな祠があります。ゆっくりと足を運びます。
手を合わせてみてください。その祠には、かわいらしいお団子が供えてあります。
あなたは、手を合わせ軽く会釈をしました。そしてあなたはまた小道を登っていきます。
森がおわり、山の中腹に広い原っぱがあります。向こうのほうに小さな明かりが見えます。近づいてみましょう。焚き火をしているおじいさんがいます。
真っ白な長いヒゲを伸ばし、まっ白な服を着た、いかにもやさしそうなおじいさんです。
あなたはそのおじいさんにあいさつをします。おじいさんはやさしく微笑みながら、あなたに一つの風呂敷包みをプレゼントしてくれます。
あなたは、なんだか妙にうれしくなり、おじいさんにお礼を言って、その風呂敷包みを受け取ります。
あなたは、その感触を楽しむようにしてしっかり抱きしめます。とてもいい手触りです。
あなたは山を降りはじめます。もときた道を戻ります。
今度はかなり速い速度で山を下っていきます。どんどん、どんどん下ります。
前に見た景色がどんどん後ろへすぎていきます。気分はたいへん爽快です。
周囲の空気もとても爽やか。あなたは足取りも軽く、山を下りてきます。
山のふもとへ戻ります。気がつくとあたりはいつの間にかもう朝です。
夜露に濡れた草花が朝日を受けて輝いています。朝の光があなたを包みます。
おじいさんから受け取った風呂敷包みを開けてください。
感謝の気持ちを持って開けてみてください。中に必ず何か入っています。
よく見てください。とても、小っちゃなものかもしれません。よおく、見て。
次に、中のものを手にとってその感触を十分に味わってください(少し時間をおく)。
じっくり感触を味わったら、大きく深呼吸して目を開けてください。
症状を根本から治す「大切なもの」のイメージ
さて、あなたの場合は何が出てきましたか。内藤さんの風呂敷の中からは「お団子」が出てきました。
そして、そのお団子を、帰りの道で食べながら山道を下ってきたとも言いました。
このお団子が何を意味しているのか、ここで結論を出すのは早計です。
しかし、それが彼女の心の中にある「何かとても大切にしているもの」、この場合は「肩こりに影響を与えているもの」をあらわしていることだけは間違いありません。
けれども、普段、意識して口に出して言えるものではない。
そのことだけは確かなのです。
本来の誘導イメージは、この「大切なもの」「影響をあたえているもの」についてもっと掘り下げていくのですが、ここでは省略します。
ただ、彼女が「お団子」をおみやげにして、しかも途中で食べたことを、いわば「告白」したことで、気分はとてもリラックスしていることだけは事実なのです。
サーモグラフィーにあらわれた大きな変化
事実、内藤さんはとてもリラックスして、肩の痛みが取れたといいました。
再びサーモグラフィーで診てみることにしました。
するとどうでしょう。首から肩、背中にかけてほんのりとした赤色が全体に広がっているのです。青いところはほとんどありません。
リラックスした筋肉。血液も、ゆるやかにめぐっているのです。
内藤さんの肩こりは、これで解消しました。
万が一、再び肩こりが始まったら、このイメージを頭の中でふくらませていけばいいのです。内藤さんはこう言います。
「毎日、肩こりがいつくるか、いつくるかと不安でした。この肩は本当にしょうがない肩だ、私を悩ませるダメな肩だ、と思っていたのです」
これではいけないのです。肩に感謝しなくてはなりません。
内藤さんは、肩がとてもラクになったと言ってくれました。
私は彼女に3つほどアドバイスをしました。
まず、運動をしましょう。そして、首を温めてあげましょう。頑張っている肩に感謝しましょう。もしまた肩が痛くなったら「ヨシヨシ、よく頑張っているね」と言ってあげてください。
けっして「この憎たらしい肩め」と思わないでください。
彼女の肩こりは、明らかに心因性のものであり、この方法を覚えてから、肩こりから解放されたことを後で聞きました。
「お団子」は彼女にとって、大切なイメージ。
その意味は彼女にはわかっているのかもしれません。
それを、口に出して解放してあげたことが、彼女の気持ちをラクなものしたのです。
そして、結果として、彼女は肩こりから解放されたのです。
|