肝臓病
黙々と働くタフな臓器
「沈黙の臓器」とよくいわれるように、肝臓はとても我慢強い臓器です。多少無理をしても文句ひとついわずに黙々とその仕事をこなします。
再生能力も強く、7〜8割が失われても、1年ほどで、元の大きさに戻るといわれています。
しかし、このように肝臓は非常にタフなのですが、このタフさが裏目に出ることが多いのです。文句を言わない、つまり、すぐに痛みなどの症状としてあらわれないために、必要以上に負担をかけてしまう。
そして、ついに肝臓が悲鳴を上げたときには、ダウン寸前になっているという結果になってしまいがちなのです。
現在、いわゆる肝臓疾患のうち7割以上がウイルス性の肝炎。残りの大半は、アルコールのとりすぎ、薬物の乱用などによるものです。
自覚症状がでたときにはダウン寸前
代謝、貯蔵、解毒などの仕事をこなす化学コンビナート
「肝臓(心)かなめ」という言葉があります。それがなければ成り立たない、極めて重要なもの、という意味でしょうか。このように肝臓は体にとっても“肝腎”なところ。なくてはならない必須の臓器なのです。肝臓の働きは細かく分けると、500以上あるといわれています。その中でも、代表的なものが代謝、貯蓄、解毒作用です。
代謝とは、古いものと新しいものを入れ換えること。肝臓は、たんぱく質、脂質、糖質、ビタミンなどを体が利用しやすいような状態に化学的、酵素的に処理。これらを体の各部に送ります。また、蓄えも忘れません。栄養分を分解・合成して貯蔵し、いざというときのために備えます。
さらに、不要になった成分を再び肝臓で処理・排泄。加えて、体内に入ってきた毒素を解毒します。
いうなれば肝臓は、工場、倉庫、集配、処理(代謝、貯蔵、排泄)といった機能を持つ、体の一大化学コンビナートなのです。もし、人工的に人間の肝臓と同じ機能を持った化学コンビナートをつくるとすると、東京23区ほどの広さになるといわれています
肋骨の右下あたりにある、左右30cm、上下20cm、重さわずかに1.2kgほどの肝臓が、このような働きを一手に引き受け、かたときも休むことなく働いているのです。
肝臓障害の7割はウイルスが原因
現在、肝臓疾患の7割以上を占めているのがウイルス性肝炎。残りの大部分は、アルコールの飲みすぎや薬物の乱用と考えていいでしょう。先ほど肝臓を化学コンビナートにたとえましたが、ウイルス性肝炎とは、いうなれば工場内に忍び込んだウイルスが、化学コンビナートでできた製品を盗み、増殖するようなものです。
ところで、いわゆる細菌は、1つの細胞からできている「生きもの」としての最小単位です。1方、ウイルスは、それだけでは生きものとしての活動をするわけではありません。自分が生きていくためには、必ずほかの生きものの細胞に、くっつかなければなりません。ウイルスの中で肝臓の細胞が必要なのが肝炎ウイルス、そして、リンパ球が必要なのがエイズウイルスです。
<A型肝炎>
A型肝炎ウイルスが口から入ることによって起こります。大部分は一過性のもので、慢性化することなく完治します。
<B型肝炎>
B型肝炎ウイルスにより感染します。感染源になるのが血液、唾液、精液などの体液。配偶者がキャリアの場合は、感染の可能性は高くなります。普通は急性肝炎でとどまり、慢性化することは少ないといわれています。しかし、キャリアの状態が長いと、慢性肝炎になるケースも。こうなると、肝硬変、さらに肝臓ガンと発展する危険性も高まります。
ここで、「キャリア」という言葉を説明しておきましょう。B型肝炎にかかると、抗体ができます。抗体とは、体にウイルスなどの外敵が進入してきたときに、それを攻撃してやっつけようとする、いわば防衛軍のようなものです。
キャリアというのは、この抗体ができないために、ウイルスがどんどん増殖していく人のことをいいます。キャリアは主に母子感染によって起こります。生後まもないときに、体内にウイルスが入ってきたため、体が侵入してきたウイルスを敵ではなく、仲間と錯覚してしまい、外敵をやっつけるべき防衛軍(抗体)をつくることができないのです。そのため、ウイルスがどんどん増えてしまいます。しかし、現在では、出産後にワクチンをうつことで、防ぐことができます。
<非A非B型肝炎>
A型、B型以外の肝炎で、輸血などを通して感染することがあります。
最近ではC型肝炎のウイルス、新たにD型、E型などが見つかっています。
γ−GTPが100以上で酒を飲むのは自殺行為
アルコールは肝臓という化学コンビナートで分解処理されます。つまり、アルコールの量が多くなると、化学コンビナートがフル活動をすることになります。ちなみに、アルコールが完全に処理されるまで、ほぼ1日かかります。毎日、多量に飲みつづけると、化学コンビナートは休日なしで、しかもフル活動を強いられるのです。
ここではアルコール性肝炎、とくにγ−GTPの高い人を中心に話を進めてみましょう。
γ−GTPというのは、お酒によって肝臓がどのくらいダメージを受けているかがわかる数字です。正常値は男性で60くらいまで。女性で20くらいまでです。
みなさんお酒が好きな方が多いようですが、残念ながら私は下戸。お酒が飲めないためγ−GTPは35。よく、この数値が100を超え、200を酒を越えても飲みつづけている人がいますが、これは自殺行為といっていいでしょう。
アルコール性の肝臓障害には、まず「脂肪肝」があります。これは、肝臓の細胞に脂肪が異常に沈着したもの。この脂肪は、肝臓という工場でアルコールが分解され、蓄えられたためにできたものです。
脂肪肝の症状としては、肝臓の腫れ、食欲不振などですが、いわば、肝臓がフォアグラ状態になっているものです。これが肝臓障害の初期ということができます。「アルコール性肝炎」は、さらに慢性的にお酒を飲みつづけたために起こります。肝臓という工場の機能がマヒしているのにもかかわらず、そこに大量のアルコールが入ってくる。このアルコールの作用で、工場の生産ライン(肝細胞)が急激に破壊された状態をいいます。黄疸、発熱などの症状があらわれることがあります。アルコール性肝炎は放っておくとアルコール性肝硬変に移行します。
「アルコール性肝硬変」は、文字通り肝臓が硬くなり、表面がザラザラとした顆粒状、またはかぼちゃの表面のように凹凸ができたもので、肝臓という化学コンビナートの末期的症状です。ほとんどの生産ラインはアウトになり、ごく1部で手工業的に細々と生産を引き継いでいる状態です。
アルコール性肝硬変は、貧血、低たんぱく血症、各種ビタミン欠乏症を引き起こします。肝臓は再生能力が高い臓器ですが、このような状態になると、元に戻ることができなくなります。肝臓ガン、食道動脈瘤などの原因となります。
毎日、お酒を飲んでいたら肝硬変になる年数は?
では、私から肝臓に関するクイズを出します。
<問題>
毎日、日本酒に換算して5合分のお酒を飲んでいる人は、一般的に何年で肝硬変になるでしょうか?
(1) 20年 (2) 30年 (3) 40年
<解答>
普通、男性は純粋アルコール量にしてトータルで1トン(1000kg)、女性はその半分の
500kgで肝硬変になるといわれています。
式は、
1日の純アルコール量×365日×年数
日本酒1合の純アルコール量は28g、これを5合ですから5倍して日数をかけると、1年で約50kg。アルコール量が1トンになるには、およそ20年ということになり、正解は
(1) です。
往診実例 【心理療法で節酒に成功】
肝臓がフォアグラ状態になっている
「主人(49歳・会社員)は、γ−GTPが人の倍以上なのに、毎日大量にお酒を飲みつづけています。最近、弱くなったのか、ベロベロになって帰ってくる日もあります。友人から、こおままでは肝硬変になると言われました。なんとか先生の口から『お酒を止めないと、このままでは死ぬ』と、言ってもらえないでしょうか」。こんなファックスをご主人の奥様からいただきました。
最近、急にお酒が弱くなったというのは、肝臓が疲れきっている証拠。このまま飲み続けるのは感心しません。さっそく往診に出かけました。
ご主人は、気は優しくて力持ちタイプ。重量級の柔道の選手のような体型です。お酒も実に強そう。自宅では焼酎のウーロン茶割を、ビールのジョッキ5〜6杯。しかも、1杯のジョッキに半分近くの焼酎を入れて飲んでいるようです。外で飲むときは焼酎ならボトル1〜2本。ウイスキーならボトル1本。
最近は、外で飲んでベロベロになって帰ることも。以前はそのようなことはなかったといいます。そんなときでも、寝る前にラーメンやお茶漬けを食べます。そうしなければ寝つかれないのだそうです。
飲んだ翌日は迎え酒をすることもしばしば。ご主人は、
「(お酒を)へらさにゃイカンかな、と思うけど、酒がいちばんの楽しみ。よき友、よき恋人だから、やめられない」と、言うのです。
検査の結果、γ−GTPは183。正常値の上限である60の3倍です。お酒の飲みすぎで肝臓に負担がかかりすぎ、SOSを発信している状態です。裸になってもらい、肝臓の位置、大きさ、感触などをみます。肝臓が肥大し、右肋骨の下まではみ出ています。触診でも、かなり硬くザラついているのが伝わります。
体脂肪率を測定したところ、41.9%という数字が出ました。まず、これを通常の15〜25%に落とす必要があるようです。重さにして18kg分。ちょうどご主人が飲んでいる焼酎の、1.8Lボトル10本分の脂肪ということになります。
診断の結果は明白です。アルコール性の脂肪肝。お酒を解毒する負担=化学コンビナートのフル活動状態。それに加えて、アルコールの高カロリーで工場で生産された商品=脂肪がだぶついているのにもかかわらず、さらに夜食のトリプルパンチ。肝臓はまさにフォアグラ状態で、ダメージはかなり蓄積されているようです。
このまま飲みつづけると肝硬変になる可能性は大。肝硬変というのは肝臓の過労死、つまり化学コンビナートが昼夜連続で働きつづけた結果、大爆発を起こしてしまった状態なのです。
25年間の習慣を変えて節酒に成功した秘密は!
私は往診の際、新鮮な牛のレバーを持参していました。チョコレート色の柔らかで健康な肝臓です。それを彼に触らせました。彼はこわごわと指先で触れ、柔らかな感触をつかんでくれたようです。次に私は、そのレバーの上に、油で揚げたカキ餅を砕いてふりかけ、まぶしました。そして先ほどと同じように、彼に触ってもらったのです。
「あなたの肝臓は、現在このようにザラザラになっているのです」
彼の顔は一瞬、青ざめたようです。このままでは、これ以上に硬く、ザラつきが増すことも説明しました。
「やせることも簡単です。このままいつものように飲みつづけると、確実にやせることができます。肝硬変になると苦労しなくても自然にやせ細ります。しかし、そのあと食道静脈瘤が破裂して1〜2Lの鮮血を吹き出して、凄絶な・・・・・・」
すると彼は私の言葉をすぐに受け継いで、「死を遂げるということですね」とさみしそうにポツリと言ったのです。
あまり脅かすのは好まないのですが、事実を知ってほしかったのです。幸いにも彼の場合、γ−GTPは3週間の禁酒で半分になるはず。ゆえに、1.5ヵ月の禁酒。余裕を見て2ヵ月の禁酒で肝機能はほぼ100%回復するでしょう。
その後は、週休2日の休肝日を設け、けっして飲み過ぎないこと。適量のお酒というのは、一晩寝て完全に処理され、肝臓に負担をかけない量のことをいいます。
日本酒 |
− 2合 |
ビール |
− 大びん2本 |
ウイスキー |
− ダブルで2杯 |
焼酎 |
− 1.3合 |
これが目安です。焼酎1.3合というのは、ジョッキでわずかに5分の1程度の量です。これまでジョッキの約半分ほどの焼酎を入れ、それを5〜6杯も飲んでいたのです。
果して、このご主人は禁酒とその後の“適量”を守ることができるのでしょうか。
人間は体に悪いと思っても25年以上続けてきた習慣を簡単に変えることはできません。途中で挫折したとしても無理からぬことなのかも知れません。いわゆる「分かっちゃいるけど、やめられない!」というものです。しかし、このご主人は成功したのです。現在も適量を守り、お酒を友達にしています。その秘密とは、次のような方法を取ったことにあります。
心理療法で自分とお酒の関係を再確認
病気を治す、あるいは改善するのはこの方法がよい、そう頭で納得しても継続することはできません。本人が本当にそうしよう、そうしたいと思わなければ、医者がいくら助言してもだめなのです。ある目的(病気を治す、生活習慣を変える、一定の療法を続けるなど)に向かって、自分はこうするという動機付け(モチベーション)がなければ、なにごとも中途半端に終わるのです。
私は、先ほどのご主人に「エンプティー・チェア(空席の椅子)」という心理療法を用いました。1つの椅子にご主人が腰かけ、もう1つの空席の椅子にお酒を座らせるのです。
2人?の対話です。私が一応、司会者。あるときは、お酒そのものにもなります。再現してみましょう。
私「お酒の気持ちになって、ご主人に何か語りかけてください」
お酒(になったご主人)「飲んでみてください。ゆっくりと。こころゆくまで・・・・・・」
私「ご主人は、このお酒のことをどう思っているのですか?」
ご主人「心の友です。大好きな友人です」
その瞬間、私はお酒の椅子を遠ざけ、後ろに椅子を隠しました。すぐに続けて、お酒に替わって私が発言します。
お酒(になった私)「そうは言っても、いまのペースで飲みつづけると、あと数年であなたとお別れです。友人としてはとてもツラい」
このとき、彼の表情に変化があらわれました。涙ぐんでもいるようです。ご主人は見えなくなったお酒の椅子に向かって、「そう言わずに、いつまでもわたしと一緒にいてください。見えるところにいてください」と哀願します。今度はご主人がお酒に。そしてお酒になったご主人が、ご主人自身に向かって小声で言いました。「あなたの付き合い方が間違っているんだ。私はいつもいっしょにいたい。でもこのままだと、いっしょにいられない・・・・・・」
以下は省略します。彼はお酒に対して優しすぎたのです。本当の優しさとは、いつもベッタリといっしょにいることではありません。彼はこのとき、少し距離を置いて付き合うことを発見したのです。たとえそれが、1日たった1.3合の付き合いでも、いまはとてもいい親友。
現在、彼はこの関係を愛しているし、これまで以上にお酒とよき友達です。だから彼は
1.3合のお酒で十分に満足し、そして節酒に成功したのです。
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