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下町で診る
第11回 お仕事



田中さん(仮名)は、88歳の認知症を患ったおばあちゃんだ。週3回、デイサービスに通い、週2回はうちのクリニックで首と腰のけん引をやっている。女で1つで子ども3人を育て上げ、今は長男夫婦と孫の5人暮らし。

クリニックへは、息子さんが車で連れてくる。朝、決まって8時45分に到着すると、息子さんは再び仕事場へと戻る。遅れて9時15分には、お嫁さんが自転車でやってきて、一緒に診察室へ入る。それが算段となっている。「具合どうですか?」「どうなんだろうねえ、由美子さん(仮名)?」

田中さんはお嫁さんに下駄を預ける。「いやだわ、おばあちゃんのことですよ」由美子さんが話を戻す。「あたしゃ、ここにきて先生に任せてるし、家では由美子さんに面倒見てもらってるから、きっと調子いいんだと思うよ」

僕はいつもの通り、血圧を測ると、お嫁さんのほうに向きなおる。「どうでしょうねえ」「ええ、おばあちゃん、デイサービスにも行ってるし、ご飯もおかわりしますしね」「なら、いいですねえ」

ふっと何気なしに、聞いてみた。「デイサービスは楽しいですか?」「なんだかわかんないんだけどね。仕事ぶりが認められて、何とかこの不景気だけど、クビにはならなかったみたいなんだよ」「???」

あわてて、由美子さんが話を補足する。「実はおばあちゃん、デイサービスに行くのを仕事に行くことだと思ってるみたいなんです。むこうで、折り紙みやったり、ぬり絵したりするのをすっかり仕事だと勘違いしてるみたいなんです」

うんうん、ありえない話ではない…。「で、いつも1番に『仕事』ができて、ヘルパーさんたちに褒められるんですって。ただ、このところ、徐々に来なくなる人もいて、それをリストラされたように思ってるみたいなんです。この前から、クビになるなるって大騒ぎなんですよ」

んらうほどこれで合点がいった。クリニックで腰のけん引をしていても、真っ先に台から降りて次の機会に小走りにいく。それも田中さんにとっては「仕事」だったのだ。

「田中さん、うちではずっと働いてもらいますからね」「ありゃ、先生、ありがとうございます。一生懸命働きますから、よろしくお願いします」「はい、こちらこそ」小さくうなづく由美子さんの笑顔が温かかった。

※引用 アイユ11月号 2009年(平成21年)11月15日発行 (C) 財団法人 人権教育啓発推進センター




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