ふーむ。結果的には慢性硬膜下血腫でよかったですね。本当に。これは、簡単な手術で済む病気ですから。
といっても、たぶん医療不信はぬぐえないでしょうね。
まず、頭の骨と脳みその間には三層の膜があります。骨のほうから、硬膜、くも膜、軟膜の三つです。
1)骨と硬膜の間の出血を硬膜外血腫と呼びます。主に骨折を伴うような外傷で起こります。血が出たり、溜まったりするためには、どこかの血管が切れなくてはなりません。硬膜外血腫はその大半が骨折のために、硬膜の血管が切れて起こります。まれに、硬膜の血管の奇形でも起こります。
2)硬膜とくも膜、脳の間の出血を硬膜下血腫と呼びます。これには二通りあって、急性のものと慢性のものとがあります。急性のものは大きな外傷や、ボクシング、あるいは小児の軽微な外傷で起こります。
脳は骨の中で硬膜から出る橋静脈という血管でぶらぶらと髄液の中に浮かんでいます。この静脈が外傷で切れてしまったのが、急性硬膜下血腫です。ボクシングのアッパーカットで頭が動くと、ぷかぷかと浮かんでいる脳は遅れて動きます。その結果、橋静脈が引き伸ばされて切れてしまうのです。
よく頭の怪我は時間がたってからが怖いといわれているやつです。最初は元気でも、数時間経つと麻痺が出たり、意識がなくなったりするからです。ボクサーが試合終了後亡くなってしまうのはこのタイプです。僕も何人かの手術をしましたが、結果はよくありませんでした。
3)一方、慢性硬膜下血腫は、まったく別の機序で起こります。ちょこっと頭をぶつけたり、そんな記憶もないぐらいの外傷で起こります。ちょこっとした外傷で、ほんのわずかな出血が起こります。それに対する反応で周囲に膜ができます。膜はすこしづつ髄液に血が混じった液体を溜め込んでいきます。いわば、硬膜の内側に半透明の袋があって、そのなかに血の混じったお水が溜まっていくことを想像してください。それがある日、限界に達すると慢性硬膜下血腫として発症するのです。
治療は局所麻酔で行う血腫洗浄術といわれるものです。片側だけだと20分ぐらいの手術です。
4)くも膜下出血はくも膜の内側に出血したものを言います。多くは脳の血管にできた動脈瘤が破裂して起こります。この場合、血管撮影をしないと動脈瘤は分かりません。動脈瘤を発見した場合は、小さなクリップでその動脈瘤の根本を留めてしまうクリッピングという手術をするか、最近では血管内手術といって、カテーテルで動脈瘤の中にコイルを詰めていく方法も盛んになってきました。
くも膜下出血は、医学が進歩してきたとはいえ、まだまだ死亡率の高い病気です。というのも、今言ったクリッピングも血管内手術も単に再出血を防ぐという意味しか持たないからです。
実は、脳の表面にべったりと血がくっつくと、脳を直接破壊します。さらに立ちの悪いのは脳の血管が細くなってしまう「脳血管れん縮」という状況が起こってきます。この結果、出血したにもかかわらず、脳梗塞が起こってしまうのです。
ですから、出血してしまったら、いまだに社会復帰できるのは20%程度の方しかいません。
また、くも膜下出血は外傷によって脳の表面の小さな血管が切れることでも起こります。
5)軟膜の内側だけに出血することはあまりありません。
以上が簡単な説明です。で、ご主人の場合、以下のことを理解しないと納得がいかないと思います。
まず第一に、アメリカの家庭医はCT,MRIといった手立てを持たないということです。MRIなんかは日本中にある台数とアメリカ中の台数がほとんど同じということを考えれば理解できると思います。保険制度の違いです。
日本ではこういったケースの場合、多くは専門の病院へ送られますが、多分アメリカではご自身で要求するか、あるいは、入っている保険がそれをカバーしない可能性があったのかもしれません。(あくまでも想像ですが)
第二に、ERでの扱いですが、初期の硬膜下血腫はわかりにくいということ。
そして、くも膜下血腫の慢性期には起こりうること。
少なくともERの医者は血管撮影を行っており、その点では、なんらかの出血の可能性を考えていたのだと思います。ただ、その時点で硬膜下血腫を考えていなかったのか、それとも説明するのを忘れたのか・・・・そこら当たりは、文字通り藪の中ですね。
それともうひとつここでも入っていた保険といった病院の問題があります。
日本は国民皆保険ですから、すべての人は最高の医療を受けるチャンスがあるわけです。
順番さえ待っていれば、平等にチャンスがあるのです。ところが、アメリカは保険によって、つまり、お金がなければ、ちゃんとした医療は受けられません。
お金しだいでERでも誰が見るかが変わってくるのです。
さらに言葉も問題もあると思います。医学用語は日本語でも難しいものです。
ましてや、英語となるとかなり誤解も生じやすいと思います。
結論を言いますと、アメリカの医者がどうだったかということは、よく分かりません。
言い換えれば、日本であれば、多分だんなさんの硬膜下血腫は早く発見されたでしょうが、もしこれがくも膜下出血であったとしたら、ERのような血管撮影は行われず、見逃されたでしょうねということでしょう。アメリカは訴訟社会だから最悪の状況を予想して検査をやったということでしょうかね。くも膜下出血は致命的、硬膜下血腫は致命的ではないという原則がありますから。だからといって結果的にはすこし診断が遅れたともいえるのですが。
ご主人の場合は日本に帰ってこられており、ちゃんとした診断もすでに受けられているわけですから、その治療方針でやられればいいのかなと思います。アメリカでのやり取りのせいでごっちゃになってらっしゃるでしょうが、慢性硬膜下血腫とすれば10日間ぐらいの入院(病院によってはもう少し短い)ですむはずです。
アメリカのことはこの際忘れてまずは治療に専念してください。
日本の医療制度はそれなりに素晴らしいものです。ところが、近い将来それが破綻して、今回アメリカで体験されたような嫌な思いをする時代になるかもしれません。だからこそ、今、みなさんに医療、介護といった問題に眼を向けていただきたいのです。
では、お大事に。
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